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| 更新年月日 |
2009/12/15 |
| 正式社名 |
南海電気鉄道(株) |
| 略称 |
南海電気鉄道 |
| 読み方 |
なんかいでんきてつどう |
| 業種分類 |
陸運業
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| 関西の私鉄大手。大阪府南部が中心 |
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氏名 |
就任 |
生年月日 |
出身地 |
| かな |
退任 |
没年月日 |
出身大学等 |
| ※備考 |
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| 4代 |
大塚 惟明 |
1910就 |
1864生 |
熊本県 |
| おおつか・これあき |
1917退 |
1928/12/28没 |
東京大学(旧東京帝国大学) |
| ※元治元.4.2生 |
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| 5代 |
片岡 直輝 |
1917就 |
1856/8/3生 |
高知県津野町(土佐国高岡郡下半山村) |
| かたおか・なおてる |
1923退 |
1927/4/13没 |
海軍主計学校 |
| ※安政3.7.3生 |
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| 6代 |
大塚 惟明 |
1923就 |
1864生 |
熊本県 |
| おおつか・これあき |
1924退 |
1928/12/28没 |
東京大学(旧東京帝国大学) |
| ※元治元.4.2生 |
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小原 英一 |
1947就 |
1889/3/22生 |
千葉県 |
| おはらーえいいち |
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1959/12/22没 |
東京大学(旧東京帝国大学)政治学部 |
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川勝 傳 |
1968就 |
1901/7/12生 |
京都府船井郡富本村(現南丹市八木町) |
| かわかつ・でん |
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1988/4/23没 |
立命館大学法学部 |
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吉村 茂夫 |
1985就 |
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和歌山県岩出市 |
| よしむら・しげお |
1992退 |
2009/12/9没 |
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川勝 泰司 |
1992/5就 |
1930/8/17生 |
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| かわかつ・たいじ |
1999/6退 |
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同志社大学 |
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吉田 二郎 |
1999/6就 |
1934/4/20生 |
大阪府 |
| よしだ・じろう |
2001/6退 |
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大阪大学経済学部 |
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山中 諄 |
2001/6就 |
1943/2/1生 |
三重県阿山郡島ケ原村 |
| やまなか・まこと |
2007/6退 |
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立命館大学経済学部 |
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亘 信二 |
2007/6就 |
1950/4/12生 |
大阪府 |
| わたり・しんじ |
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大阪大学工学部通信工学科 |
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明治17年6月資本金25万円をもって大阪堺間鉄道設立 明治17年11月社名を阪堺鉄道に 明治18年12月難波〜大和川間において運輸営業を開始 明治31年10月南海鉄道が阪堺鉄道の事業を譲り受ける 大正11年9月高野大師鉄道と大阪高野鉄道を合併 大正14年3月高野山電気鉄道が設立 昭和19年6月南海鉄道が企業統合政策によって関西急行鉄道と合併し近畿日本鉄道となる 昭和22年3月戦後分離することとなり高野山電気鉄道が社名を南海電気鉄道と改める 昭和22年6月近畿日本鉄道から旧南海鉄道に属した鉄軌道事業を譲り受ける形で新発足 昭和24年5月大阪、名古屋各証券取引所に株式を上場 平成20年3月東京証券取引所市場第一部に株式を上場 |
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| 1925年設立の高野山電気鉄道が1947年旧南海鉄道の路線を近畿日本鉄道から譲り受け改称 |
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| 「南海」とは律令制の南海道(紀伊国、淡路国、四国)に由来 |
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明治17年6月資本金25万円をもって設立された大阪堺間鉄道が、同年11月に社名を阪堺鉄道とし、明治18年12月に難波?大和川間において運輸営業を開始したのが、当社の創業であります。 明治31年10月に阪堺鉄道の事業を譲り受けた南海鉄道は、明治36年3月難波?和歌山市間を開通いたしました。続いて、大正11年9月高野大師鉄道と大阪高野鉄道を合併し、大正14年7月汐見橋?高野下間を開通いたしました。 一方、高野下から高野山までの鉄道敷設を目的として、大正14年3月に高野山電気鉄道が設立されましたが、これが当社の設立であります。同社は、昭和5年6月に高野下?高野山間を開通し、当社の今日の幹線が出来あがりました。 昭和19年6月、南海鉄道は企業統合政策によって関西急行鉄道と合併し近畿日本鉄道となりましたが、戦後分離することとなり、昭和22年3月高野山電気鉄道が社名を南海電気鉄道と改め、同年6月近畿日本鉄道から旧南海鉄道に属した鉄軌道事業を譲り受ける形で新発足いたしました。 その後の当社の主な変遷及び企業集団に係る重要な事項は次のとおりであります。
昭和23年12月南海乗合自動車株式会社を合併し、自動車事業が新発足 昭和24年5月大阪、名古屋各証券取引所に株式を上場 昭和25年10月南海航空観光株式会社を設立(昭和48年7月 株式会社南海交通社と合併し、株式会社南海国際旅行(現・連結子会社)に商号変更) 昭和27年5月大阪競艇施設株式会社を設立(昭和43年5月 住之江興業株式会社(現・連結子会社)に商号変更) 昭和32年4月みさき公園開園 昭和32年10月南海自動車興業株式会社を設立(昭和56年7月 南海車両工業株式会社(現・連結子会社)に商号変更) 昭和43年6月初の大規模住宅開発である南海狭山ニュータウン分譲開始 昭和44年8月南海親和商事株式会社を設立(昭和57年1月 南海商事株式会社(現・連結子会社)に商号変更) 昭和46年4月泉北高速鉄道と高野線との相互直通運転開始 昭和50年8月南海フェリー株式会社(現・連結子会社)を設立 昭和50年12月和歌山バス株式会社(現・連結子会社)を設立 昭和51年4月和歌山県下の乗合自動車事業の一部を和歌山バス株式会社に譲渡 昭和53年4月南海ビルサービス株式会社(現・連結子会社)を設立 昭和55年3月なんばCITY全館営業開始 昭和55年6月南海線玉出駅・大和川北岸間(大阪市内)連続立体交差化工事完成 昭和55年7月阪堺電気軌道株式会社(現・連結子会社)を設立 昭和55年11月難波駅改造整備建設工事完成 昭和55年12月軌道事業(阪堺線・上町線)を阪堺電気軌道株式会社に譲渡 昭和60年5月南海線大和川南岸・石津川北岸間(堺市内)連続立体交差化工事完成 昭和62年4月株式会社南海ホームを設立(平成13年2月 株式会社南海東京ビルディング及び南海不動産株式会社と合併し、南海不動産株式会社(現・連結子会社)に商号変更) 平成2年3月南海サウスタワーホテル大阪(現・スイスホテル南海大阪)完成 平成3年4月関西空港交通株式会社(現・連結子会社)を設立 平成6年6月空港線の営業を開始 平成7年8月高野線河内長野駅・橋本駅間複線化工事完成 平成8年3月南海線和泉大宮駅・蛸地蔵駅間(岸和田市内)連続立体交差化工事完成 平成10年10月大阪スタヂアム興業株式会社と合併 平成12年3月南海線萩ノ茶屋駅・玉出駅間(大阪市内)連続立体交差化工事完成 平成12年9月南海線貝塚駅・二色浜駅間単独立体交差化工事完成 平成13年5月南海バス株式会社(現・連結子会社)を設立 平成13年10月自動車事業を南海バス株式会社へ譲渡 平成13年12月南海辰村建設株式会社の第三者割当増資引受けにより同社を連結子会社に追加 平成15年9月南海サウスタワーホテル大阪の営業をスイスホテル大阪南海株式会社に承継 平成16年5月南海都市創造株式会社(現・連結子会社)を設立 平成17年4月難波地区の流通・不動産賃貸事業等の営業を南海都市創造株式会社に吸収分割 平成19年3月空港線高架化工事完成 平成19年4月なんばパークス全館営業開始 平成20年3月東京証券取引所市場第一部に株式を上場 平成21年3月南海線井原里駅・羽倉崎駅間(泉佐野市内)連続立体交差化工事完成
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| 日本通運 JR西日本 京阪電気鉄道 JR北海道 南海電気鉄道 JR東日本 JR九州 東武鉄道 コマツ物流 名古屋鉄道 京成電鉄 JR東海 京浜急行電鉄 阪急阪神ホールディングス NECロジスティクス 小田急電鉄 京王電鉄 JR貨物 新京成電鉄 宮崎交通 ヤマトホールディングス 山陽電気鉄道 タカセ 東京急行電鉄 日本石油輸送 京福電気鉄道 神姫バス ハマキョウレックス 福山通運 丸全昭和運輸 大宝運輸 近畿日本鉄道 アートコーポレーション 相模鉄道 日立物流 ゼロ 東部ネットワーク JR四国 広島電鉄 神戸電鉄 アルプス物流 北海道中央バス ロジネット ジャパン 秩父鉄道 大和自動車交通 中央運輸 東急ロジスティック 南総通運 新潟交通 富士急行 |
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