明治から平成の経済の怪物たちが心の支えとし決断の指針としたものは何か。創業者、実業家、経営者、資産家など明治から平成までの経済人物事典。
 
オリジナルネックストラップ製作。社員証・IDカード・携帯電話に
企業家人物辞典   お問い合わせ
  | 特集一覧 | 業種一覧 | 業界ピックアップ | 社長の出身地 | 社長の出身大学 |
 
歴代社長事典トップ > 財閥 > 中島飛行機
 
 
 
自動車大手10社
製薬大手9社
総合商社大手8社
総合通信大手3社
造船・重機大手6社
大手銀行6グループ
鉄鋼大手4社
電機大手11社
不動産大手7社
民放キー局5社
→業界ピックアップ一覧
 
携帯サイト
ケータイで左のQRコードを読み取りアクセスしてください。
 
中島飛行機 【財閥】
ブックマーク:Yahoo!ブックマーク Googleブックマーク はてなブックマーク livedoorClip FC2 ニフティクリップ iza 
更新年月日 2010/01/28
正式社名 中島飛行機(株)
略称 中島飛行機
読み方 なかじまひこうき
業種分類 財閥
 
中島知久平が設立した日本初の民間航空機会社。軍の強力な保護を受け日本最大級の軍用機製造メーカーへと発展
 
 
  氏名 就任 生年月日 出身地
かな 退任 没年月日 出身大学等
※備考
         
中島 知久平 1917/5就 1884/1/1生 群馬県新田郡尾島村字押切(現太田市押切町)
なかじま・ちくへい 1931/1退 1949/10/29没 海軍機関学校
※創始者
         
中島 喜代一 1931/1就 群馬県
  1945/8退 東京海洋大学(旧官立商船学校)航海科
※中島知久平の1番目の弟
         
中島 乙未平 1945/8就 群馬県
  1946/7退
※中島知久平の4番目の弟
         
野村 清臣 1946/7就
  1950退
 
 
 
1917年5月中島知久平、群馬県尾島町に飛行機研究 所を創設
1918年4月中島飛行機製作所と改称。
1931年12月中島飛行機鰍ニ改称。資本金600万円。
社長 中島喜代一。
1939年4月中島知久平、政友会第8代総裁に就任。
1945年4月「航空機事業国営に関する件」が閣議決定され、中島飛行機は国家管理の「第一軍需工廠」となり、中島喜代一が長官に任命される。
1945年8月15日日本、無条件降伏(第2次世界大戦終結
1945年8月17日第一軍需工廠長官に対し、軍需大臣から生産停止命令下る。
1945年8月17日中島飛行機鰍富士産業鰍ニ改称、定款を改定し平和産業への転換を図る。
中島乙未平が取締役社長に就任。
1949年10月29日中島知久平死去。
1950年企業再建整備法による第二会社12社が7、8月から発足。
富士工業梶A富士精密工業梶A愛知富士産業梶A富士自動車工業梶A大宮富士工業梶A宇都宮車輛梶A岩手富士産業梶A富士機械工業梶A富士機器梶A田沼木材工業梶A兜x田機器製作所、東京富士産業
1950年7月12日富士自動車工業叶ン立。
1950年7月13日富士工業叶ン立。
1953年7月15日第二会社のうち、富士工業梶A富士自動車工業梶A大宮富士工業梶A宇都宮車輌葛yび東京富士産業鰍フ共同出資により富士重工業叶ン立
1955年4月上記5社を富士重工業鰍ェ吸収合併
 
1917年海軍機関大尉中島知久平が退官後、群馬県尾島町に飛行機研究所を設立。1919年民間製作最初の軍用機「中島式四型」を納入、同年中島飛行機製作所に商号変更。1931年株式会社に改組。第二次世界大戦に至る戦時体制下に国家資金のバックアップで飛躍的に発展。下請企業など多数を子会社化し機械工業コンツェルンを形成した。

関連する企業
富士重工業、リズム、富士機械、輸送機工業、マキタ、沼津GKNドライブライントルクテクノロジー
 
(1 中島飛行機時代
1917年5月中島知久平、群馬県尾島町に飛行機研究 所を創設
12月飛行機研究所を群馬県太田町に移転。
1918年4月中島飛行機製作所と改称。
1919年2月四型6号機(中島の出世機試飛行大成功。
4月陸軍から中島式五型複葉機20機初受注(初の日本人設計の量産機となる。
10月四型6号機、東京−大阪間第1回懸賞郵便飛行競技に出場、往復6時間58分で優勝。
12月野球チーム「雄飛倶楽部」結成。
1922年3月日本初の準金属製機、中島式B‑6型「軽銀号」を上野の平和記念東京博覧会に出展、金牌受賞。
1925年11月東京工場完成、発動機生産開始。
1930年6月日本初の国産空冷星型9気筒「寿」型(昭和5年)試作発動機完成。
1931年12月中島飛行機株式会社と改称。資本金600万円。
1931年12月社長 中島喜代一。
1934年11月太田新工場完成、旧太田工場は「呑竜工場」と改称。
11月天皇陛下、太田工場ご訪問。
1936年9月純国産中型高速旅客機AT‑2型初飛行に成功。
1937年(海軍九七式艦上攻撃機、(陸軍九七式戦闘機制式採用。
1938年4月武蔵野製作所開設、陸軍発動機生産開始。
11月増資により資本金5000万円となる。
1939年4月中島知久平、政友会第8代総裁に就任。
「栄」発動機制式採用
1940年4月小泉製作所開設、海軍機体生産開始
1941年2月太田飛行場開設。
11月多摩製作所開設、海軍発動機専用工場となる。
12月三鷹研究所起工式挙行。
百式重爆撃機「呑竜」、一式戦闘機「隼」制式採用。
1942年6月半田製作所開設、海軍機体生産開始。
11月中島知久平、6発爆撃機「Z機」の基礎計画を策定。
(陸軍二式戦闘機「鍾馗」、(海軍二式陸上偵察機、二式水上戦闘機制式採用。
1943年3月大宮製作所開設、海軍発動機生産開始。
4月三島製作所開設、海軍機器生産開始。
11月武蔵野、多摩両製作所を統合し、武蔵製作所とし、陸海軍発動機生産を一元化。
艦上攻撃機「天山」、夜間戦闘機「月光」制式採用。
1944年1月宇都宮製作所開設、陸軍機体生産開始。
艦上攻撃機「彩雲」、四式戦闘機「疾風」、「誉」発動機制式採用。4発陸上攻撃機「連山」試作完成。
1945年4月「航空機事業国営に関する件」が閣議決定され、中島飛行機は国家管理の「第一軍需工廠」となり、中島喜代一が長官に任命される。
設立時の規模は、工場数102(疎開工場を含めると500、敷地3531万u、建物232.3万u、機械30735台、人員25万名。
(陸軍キ87高々度戦闘機、特殊攻撃機「剣」、(海軍特殊攻撃機「橘花」(ジェット機試作完成。
8月15日日本、無条件降伏(第2次世界大戦終結
8月17日第一軍需工廠長官に対し、軍需大臣から生産停止命令下る。

(2 富士産業時代
1945年8月17日中島飛行機鰍富士産業株式会社と改称、定款を改定し平和産業への転換を図る。
8月中島乙未平が取締役社長に就任。
1946年6月ラビットスクーター1号車誕生。
6月大宮工場、船外機エンジン生産開始。
7月野村清臣が取締役社長に就任。
12月宇都宮工場、戦災車両の復旧1号車完成。
12月バス1号車完成。
各工場は次の製品の製造許可を連合軍軍政部に申し出、許可される。
太田工場(1月電機部品、小型モーター、電熱器
三鷹工場(1月占領軍の食器類、トラック部品
三鷹工場(3月スクーター
三島工場(3月度量衡器、農機具、時計、小型発動機、バリカン
宇都宮工場(5月鉄道車両浜松工場(6月ミシン、タイプライター、計算機、乳母車
太田工場(7月スクーター
半田工場(10月木造船、客車電車修理
前橋工場(11月農機具、トラクター、農耕機
小泉工場(12月バスボディ
1945年7月東京富士産業鰍設立。
1949年8月国産初のフレームレス・リヤエンジンバス「ふじ号」完成。
10月29日中島知久平死去。
1950年企業再建整備法による第二会社12社が7、8月から発足。
富士工業梶A富士精密工業梶A愛知富士産業梶A富士自動車工業梶A大宮富士工業梶A宇都宮車輛梶A岩手富士産業梶A富士機械工業梶A富士機器梶A田沼木材工業梶A兜x田機器製作所、東京富士産業

(3 企業再建整備法による第二会社時代
1950年7月12日富士自動車工業叶ン立。
7月13日富士工業叶ン立。
7月20日宇都宮車輛叶ン立。
8月7日大宮富士工業叶ン立。
12月バスボディ、生産1000台突破。
1951年2月汎用エンジンM6型生産開始。
7月国鉄木製車の鋼体化生産に着手、この年50両納入(以後30年までに302両納入。
1952年5月ラビット消防ポンプ生産開始。
1953年4月スクーター、月産2000台達成。
4月軽三輪貨物車ダイナスター発売。
8月宇都宮公共飛行場の業務開始。
11月メンターT‑34初等練習機の輸入機組立開始。
1954年2月四輪乗用車P‑1(1500cc、45馬力の試作完成、30年に「すばる」と命名。
8月戦後初のジェットエンジンJO‑1完成。P‑1用エンジンL4試作完成。
 

追加又は誤謬の指摘フォーム
お名前
メール
ページのURL
情報の追加  誤謬の指摘  問い合わせ
追加したい事項、あるいは間違いを発見されました場合は、上記のフォームでご報告ください。 ご報告頂きました内容は参考とさせて頂きます。
※ここで、ご報告頂きました内容が実際にページに反映するとは限りません。

 
安田財閥 三菱財閥 渋沢財閥 野村財閥 中島飛行機 三井財閥 古河財閥 大倉財閥 浅野財閥 理研コンツェルン 日窒コンツェルン 住友財閥 日産コンツェルン 日曹コンツェルン 神戸川崎財閥
 
 
 
 
 
特集
日本銀行 | 日本経団連 | 経団連 | 日経連 | 経済同友会 | 日本商工会議所 |
三井財閥 | 三菱財閥 | 住友財閥 | 安田財閥 | 浅野財閥 | 古河財閥 | 大倉財閥 | 日産コンツェルン | 中島財閥 | 野村財閥 | 渋沢財閥 | 神戸川崎財閥 | 理研コンツェルン | 日窒コンツェルン | 日曹コンツェルン |
 
業種から探す
水産・農林 | 鉱業 | 建設業 | 食料品 | 繊維製品 | パルプ・紙 | 化学 | 医薬品 | 石油・石炭製品 | ゴム製品 | ガラス土石 | 鉄鋼 | 非鉄金属 | 金属製品 | 機械 | 電気機器 | 輸送用機器 | 精密機器 | その他製品 | 電気・ガス | 陸運 | 海運 | 空運 | 倉庫・運輸 | 情報・通信 | 卸売業 | 小売業 | 銀行業 | 証券・先物 | 保険業 | その他金融 | 不動産業 | サービス業 | 経済団体等 | 財閥
アクセスランキング
花王
東芝
三菱重工業
日立製作所
三菱電機
全日空
大成建設
九州電力
みずほ銀行
シマノ
 
グループから探す
J.フロントリテイリンググループ | JFEグループ | JRグループ | NECグループ | NTTグループ | SBIグループ | T&Dホールディングスグループ | みずほグループ | アサヒビールグループ | アルフレッサグループ | イオングループ | オリックスグループ | キヤノングループ | キリングループ | サッポログループ | サントリーグループ | セブン&アイグループ | ソニーグループ | トヨタグループ | バンダイナムコグループ | パナソニックグループ | フジサンケイグループ | ホンダグループ | 伊藤忠グループ | 王子製紙グループ | 角川グループ | 兼松グループ | 三井住友フィナンシャルグループ | 三井住友海上グループ | 三越伊勢丹グループ | 三菱UFJグループ | 三菱商事グループ | 三菱電機グループ | 森村グループ | 東急グループ | 東芝グループ | 読売グループ | 日経グループ | 日産グループ | 日本電産グループ | 日本郵政グループ | 日立グループ | 富士通グループ | 野村証券グループ
 
社長の出身地から探す
北海道 | 青森 | 岩手 | 宮城 | 秋田 | 山形 | 福島 | 東京 | 神奈川 | 埼玉 | 千葉 | 茨城 | 栃木 | 群馬 | 山梨 | 新潟 | 長野 | 富山 | 石川 | 福井 | 愛知 | 岐阜 | 静岡 | 三重 | 大阪 | 兵庫 | 京都 | 滋賀 | 奈良 | 和歌山 | 鳥取 | 島根 | 岡山 | 広島 | 山口 | 徳島 | 香川 | 愛媛 | 高知 | 福岡 | 大分 | 長崎 | 佐賀 | 熊本 | 宮崎 | 鹿児島 | 沖縄 | アメリカ | イギリス | オーストラリア | オランダ | カナダ | コロンビア | シンガポール | スコットランド | ドイツ | ニュージーランド | ハンガリー | フィリピン | ブラジル | フランス | ベルギー | 台湾 | 中国 | 韓国 |
 
社長の出身大学から探す
東京大学
慶應義塾大学
早稲田大学
京都大学
一橋大学
神戸大学
東北大学
中央大学
九州大学
大阪大学
同志社大学
明治大学
北海道大学
名古屋大学
東京工業大学
関西学院大学
日本大学
青山学院大学
関西大学
東海大学
  大学一覧を見る
   
 
ご意見をお聞かせください
 
     

この情報は情報の提供のみを目的としたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。
提供している情報の内容に関しては万全を期しておりますが、その内容を保証するものではありません。
本情報の正確性には万全を期しておりますが、情報は変更になる場合があります。 また、第三者による人為的改ざん、機器の誤作動などの理由により本情報に誤りが生じる可能性があります。万一この情報に基づいて被ったいかなる損害についても、当サイトおよび情報提供元は一切責任を負いかねます。本情報の転用、複製、販売等の一切を固く禁じております。

| 歴代社長事典トップ | 特集一覧 | 業種一覧 | 業界ピックアップ | 社長の出身地 | 社長の出身大学 |
Copyright(C) 1998-2009 歴代社長事典製作委員会 . All Rights Reserved